バチカン奇跡調査官9 月を呑む氷狼
バチカン内の『聖徒の座』に所属する神父、平賀・ヨゼフ・庚とロベルト・ニコラスは奇跡調査官として世界中の奇跡の真偽を調査判別するために日夜取り組んでいる。
天才科学者の平賀は研究調査に没頭すると寝食を忘れて熱中してしまう上にかなりの天然であり、暗号や古文書解読のエキスパートであるロベルトは平賀のよき相棒として、時に平賀をやさしく見守る保護者的存在として、数々の怪現象に取り組み、鮮やかに解きほぐしていく。
バチカン奇跡調査官シリーズの第9作である『月を呑む氷狼』は、ノルウェーの田舎町でおきたつきが赤く染まった後消失するという怪現象とその近所で起きた、不可解な凍死事件の謎を解いていくストーリーとなっています。
今回久しぶりにジュリア司祭が登場。ジュリア司祭とともに姿を消した、『ラプラスの悪魔』ハリソン・オンサーガの影も見え隠れします。
(以下、若干のネタバレがありますので、未読了の方はご注意ください。)
第6巻『ラプラスの悪魔』から久々にビル・サスキンス捜査官が登場。彼の境遇の変化に驚かされるところから物語が始まります。
新たな任務のため、ノルウェーのオーモットにあるサンティ・ナントラボ研究所へ向かうこととなったビル。新しい部下のミシェルとともに現地に赴いたビルは到着早々不思議な現象に遭遇する。
そしてその直後、その近所で真冬でもないのに家の中にいた人物が凍死するという謎に事件にも巻きこまれ、平賀とロベルトに捜査の協力を依頼することになる。
事件の謎を追ううち、凍死事件が連続殺人事件の1つであること、その事件に『無限大の方程式』が関係していることがわかり、そこからチャンドラ・シン博士がローレンを追う理由も語られていく。
やがて事件の裏には十七年前の少女の死亡事件とナントラボ研究所での倫理的に問題のある『外科治療』が深く関わっていることが判明していくのだった。
前作の中南米のマヤ・アステカ文明がらみの事件から一転、今回はノルウェーを舞台に、北欧神話をベースにした話になっています。
また、前作はほぼ前編奇跡の調査・解明に当てられていましたが、今作ではお預けになっていたサスキンス捜査官のその後やローレンの現況なども語られ、ジュリア司祭(とそのクローンたち)についても少しだけ進展がある、といった具合にシリーズを通してのメインストーリーにも動きが出てきました。
ところで北欧神話といえば、オーディン、トール、フレイヤ、ロキなどの神々の名前や、世界樹(ユグドシラル)、ラグナロク、ヴァルハラ、などの言葉が連想されます。
明るくどこか人間的なイメージの強いギリシア・ローマ神話に対して、北欧神話は北国のうす曇りの灰色の空を思わせるような、重苦しい雰囲気のある神話体系に感じられます。
その重苦しさが今回の事件にもどこかやるせない、やりきれない感じを纏わせているようです。
今回登場するラース・ヨハンセンにしても、『ラプラスの悪魔』に登場したハリソン・オンサーガ同様、この世の不条理さのしわ寄せを一身に体現しているように描かれていることも関係あるように思われます。彼の末路には哀れみを禁じえないと思います。
また、今回シン博士のなくなった友人に対する敬愛の情と後悔、友人の死を誘発したローレンの起こしたテロ事件等が語られ、シン博士のローレンに対する過剰な対抗意識や怒り、憎しみの理由が判明します。
ローレンは倫理観が希薄な悪魔的天才ハッカーではありますが、彼の行動には何らかの理由があるように思えるので、この事件についても今後、真の理由や事件の背景などが語られるのかもしれません。
最終的に、今回もジュリア司祭にはうまく逃げられてしまいました。彼との決着はいつつくのでしょうか。シリーズを通じてのラスボスとして、最終巻までお預けかもしれませんね。
ラストではローレンの現況が少しだけ語られています。ローレンが再び平賀の前に姿を現すのはいつになるのかも楽しみです。
※ 北欧神話では月は常にハティと呼ばれる狼の姿をした巨人に追われていて、ラグナロクには月はハティに飲み込まれてしまうことが運命として定められているそうです。
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